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ありがとうの、毎日

日々のこと、つれづれなるまま記
東京 (1)
二日目は お昼前に横浜から東京へ
電車の中、私と長男は車窓を食い入るように見て過ごします

主人曰く 乗り物に乗った時の私と長男の 「目の動き」はまったく同じなのでそうです
めまぐるしく眼球が動くのだそうです
たしかに いつも「何かを探る」 ハンターの目をしていると言われます

車窓から見える景色で いつもすぐに何かを見つけるのは長男です
眉間にしわを寄せながら 眼球はいつも何かを追っています

一方の主人と次男は いつも連れて行かれるがままです
文句も言わず、合わせてくれて“やさしい”とも言えるのですが 「うん、それでいいよ」がくちぐせ
…って、肝心な時の決断力は やはりだんなさんなのですが   (と、フォロー。)
 
次男なんかは電車の中で 車窓には一切目もくれず 電車内のモニターで流れていた動画を 口を開けてぽかーんと見つめておりました
我が家は完全に 2タイプに分かれております


東京駅に着いた足で そのまま予約しておいた(これも私の役目) はとバスへ
はとバスもいろいろなものがありましたが 今回は。。。 
  東京駅⇒皇居⇒国会議事堂⇒東京タワー⇒お台場⇒築地⇒銀座⇒東京駅
を回るコースに。     スカイバスで視界も良好。
空気を感じながらの周遊に大興奮




足元からの東京タワー
スカイツリーも素敵だけど やっぱり東京タワーは何か凄い魅力があります



屋根のないスカイバスで子供たち喜んでくれるかな~と思っていたのですが 興奮したのは大人ふたり
「おおぉ~  すげぇ」 「やっぱり 東京、すごい」 ばかり言って盛り上がりました

はとバスが東京駅に到着しても 「また違うルートのはとバスにこのまま乗ろうか」と本気で話し合うくらい良かったです

とても暑い日だったので宿で一息ついて 夜はタワー観覧券をいただいていたので森ビルに
東京の夜景と たまたまビルの屋上でやっていたディズニーの「スカイ ドリーム デッキ」を楽しむことができました













デッキでのショーを見ていると すてきな男性が静かに語りかけてくださいました

「もう少ししたら 神宮球場で花火があがりますよ  いま、七回表だからもう少ししたら上がります」
素敵な男性は きちんとラジオ持参でイヤホンからの情報をわたしたちに静かに伝えてくださいました
こういう楽しみ方をされる方もいらっしゃるんだ、さすが 東京 と静かに感激しました

子どもを抱えて小走りで神宮球場が見える方へ回り込む
おお~ ほんとうだっ   眼下で花火がはじけていました
帰ってからテレビを見ると この日 神宮ではマエケンと石川投手が投げ合っていたようでした

花火が終わるとほぼ同時くらいに ショーも終わりました

余韻に浸りたかったのですが、ここからまた次の目的のイベントに向かわないといけないのでした
この時点で 夜の8時前

「ミッドタウン ウォーターワークス」
子どもが喜ぶだろうと、このイベントのために宿を六本木にしたのでした


六本木ヒルズから超走って ミッドタウンまで向かいます
タイムスケジュールに無理があったことを猛省しながら 必死に子どもたちを走らせます

浴衣姿の子供たちと六本木の夜を走ること10分
へぇ~  ようやく到着~

と、あたりを見ると すでにびしょ濡れの人たち
んあ??? 

終わっていました。。。
開始時間を10分間違えていました 
10分で終わる水花火ショーです

こどもたち、半べそです
乾いたままの浴衣がむなしい
母さんも泣きたい
何のために六本木で宿をとったのか
何のために わざわざ東京の街で浴衣を着させていたのか

すべてわたしの詰めの甘さが招いた この家族の悲壮感 

しばし悩んだ後 旦那さんに捨て身のお願い
どうしても水花火を子供たちに見せてやりたかった母さんは明日のショーを見てから新幹線に乗るという強硬策を思いついてしまった
「明日の帰りの新幹線 遅らせてもよい?」
わたしは旦那さんにお願いすることはめったにない  息をのみながらだんなさんに聞いた
無言の圧力をいつもいつも感じているはずの旦那さんは この私の言葉に出してのお願いにちょっと戸惑いながら、だけどこの大変なお願いをのんでくれた。。。 (コワすぎるから。)

半べその子供たち(と私)は気を取り直して ショーの後のイリュージョンを眺めながら 余韻を残しているその場を後にしたのでした

せっかくだからと 何でも詰め込んでしまう私の悲しい性分 (ケチとも言う)
それに付き合わされる家族
しかし今回ばかしは だんなさんに心からあやまりました

宿に着いてから 次の日の「東京ラスト一日」の計画の確認を行いました
日付が変わっても あれやこれや調べまくる母

何かが乗り移ったような ワタシのこういう時のこのエネルギーはどこから湧いてくるのでしょう
もうすこし ちがう方面で活かした方がよいとはおもうのですが。。。


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ヨコハマ (2)
独身の時以来の バーというものに行かせていただく機会をいただきました
横浜泊の際、泊まったホテルの中のバーです

実は 「こちらのバーありき」の宿決めだったのです、 横浜。
『シーガーディアン Ⅱ』

雰囲気だけ味わえたら充分と思っていたのですが 旦那さんのご進言もあり 本当に足を踏み入れてしまうことができました

こちらのバーを知ったきっかけは サザンの『LOVE AFFAIR~秘密のデート』という曲デス
恥ずかしながら バー自体はあまり存じておりませんでしたが、
知れば 横浜を代表するオーセンティックバー
(だけど桑っさん 曲作りの際に“るるぶ横浜”を手に取り、載っていた名所でストーリーを組み、歌詞にのせていったという旨の話を聞いた記憶があり ご本人はこちらのバーに行ったことは無いと耳にしておりました   。。。が!(このお話は後半で))

だんなさんといっしょに来たかったのですが、子供たちのこともあるので 交替で。
ひとりでカウンターに座らせていただきました



芸術的な表面張力

こちらのホテルの前身の 横浜グランドホテル発祥のカクテル
そして 日本で初めて創作されたカクテルである
「バンブー」を。


本家の流れをくむこちらのバンブーは 各酒の配合や作り方もカクテルレシピとは少し違うオリジナルとのことでした


わたしは詳しくわからないけれど あの時 口に入ったバンブーの味わいは 
口にした温度、余韻も含めて はっきりとわたしの中に記憶されています

当時 考案された方がイメージされていたであろう「日本」「バンブー=竹」が カクテルの味
から伝わり やさしく重なります
ドライシェリーが効いたあじわいの延長線上に「竹」が
余韻で青竹のイメージと重なりました


そんなこんなを書いておきながら やっぱりいつもの私です
こんな素敵な場所で、普段の私からかけ離れすぎた場所で、 やらかしました  
ええ、 いつもの私です 

それは、無意識でした
 
バーテンダーさんの流れるような所作から生み出されたカクテルの、注がれる一滴一滴が 
グラスの外側の道になってしたたる限界…
「シェーカーの最後の一滴」が 「グラスの表面張力の限界の最後の一滴」でぴたりと止まり 美しく保たれている、まさに芸術を目の前にして 見とれながらも このワタシが無意識にグラスを持ち上げようとしたのでした

この、重厚な雰囲気の中で
「っっっっっっ」 と 「!!!!!」 が頭の中ですごい速さで連打

完全に 「あゎゎゎゎゎゎゎゎ 」ってなりました


あの芸術性を保った 淡く琥珀を帯びたカクテルの 美しき表面張力に一瞬にしてさざ波が立ち 一瞬にしてニューグランドのコースターに染みていきました
この場合、グラスに顔を近づけてよかったのですね
こんなところで いつもの私全開か、、、といろいろなことに申し訳なさがいっぱいになりました
普段なら冷たくつっこんでくれる相方が 同じ時間に部屋を守ってくれていることも申し訳なく思うのでした

しかし バンブーを一口いただいただけで 再びいざなわれました

バーテンダーさんがいろいろなお話をしてくださいます

こちらのホテルはマッカーサー元帥の定宿で 降伏文書調印式にもこのホテルから臨んだのだそうです
スパゲティナポリタンや ドリアもこのホテルが発祥だそうですが、マッカーサー元帥が食糧備蓄としてトマト缶をホテルに置いていたことが考案につながった等というお話もうかがいました
マッカーサーさんのお部屋は315号室だったそうですが 現在も宿泊は可能なのだそうです

お話をいろいろ聞かせていただきながら 貴重なものを見せてくださいました


進駐軍の兵士が当時つかっていた象牙のダイス
使い込みすぎて色も深みを増し、ダイスの角もとれています

そして進駐軍が持ってきた 当時のマドラー
おそらく鉄製で、柄と杓がネジで接合されています

ほんとうに貴重なものを目にさせていただきました
(画像が悪くて申し訳ございません)

お話を聞かせてくださいながら 雰囲気に添うように、けれど美しく的確にお酒を作りつづけるバーテンダーさん
すべての所作が美しければ 会話の余韻の置き方も絶妙
ほんとうに素敵すぎる時間をいただきました

カウンターの奥に飾られてあったイラストがどうしても気になり、 聞いてみました
やはり…   とても好きな 柳原良平さんのイラスト 
こちらのバーのバーテンダーさんを描かれたそうです 

 










何もかもが本当にすてき

柳原先生にも少し触れられた気がして 何かがふわっと浮いたようなうれしさを感じました 


私にはもったいなすぎる経験をいただきましたが、すべてのきっかけは サザンの「LOVE AFFAIR」
そのことを最後に正直に バーテンダーさんに告白しました

すると 隣に座られていた素敵な紳士が
「私もその曲に登場する ブルーライトバーへ先ほど行ってから こちらへおじゃましました」と。
(夢ではないです)
その方とバーテンダーさんとお酒の間 気持ち良くお話をさせていただきました

桑田さん「曲は作ったけれど、こちらのバーには来られたことがない」と思っておりましたが。。。
実際 こちらのバーにうかがって、雰囲気を感じて お話を伺って… 考えは穏やかに変化しました
「あ、これ  桑っさん来たことがあるぞ  きっと」
バーテンダーさんは決して明言されずすてきな余韻を残されましたが  私はそう、、、 感じました
冒頭で 「つづきは後半に」と引っ張っておいて、こんなオチです  ごめんなさい


ちなみに 「LOVE AFFAIR」は いわゆる“フリン”の歌ですが、舞台を原坊の育った街・ヨコハマにするところが桑っさんらしいです
昨年の闘病から復帰後の宮城ライブで この曲を原坊とデュエットしたりしてしまうところも。。。
わたしはそんなお二人が大好きです



すてきな、すてきな時間を過ごさせていただいたバーを 余韻たっぷりに後にしてエレベーターで部屋に戻りました

「その土地を知るには酒場にいけ」という言葉を しみじみと感じた 横浜の素敵すぎる夜でした

同じホテル内でありながらも、しばらくの時間送り出してくれた子どもたちと旦那はん、本当にありがとう
家族旅行なのに 交替とはいえ、 普通しないですね


ごめんなさい




ヨコハマ
8月の終わり
普段 連休の取れない旦那はんが 遅いお盆休みということで「奇跡の3連休」をいただき、初めて4人での家族旅行というものに出かけました

行先は 東京・横浜に。

一日目、横浜に

着いた足で、宿近くの中華街へ
「謝甜記」というお粥専門店で早めのお昼
旦那はん&子たち、えらく感動
お粥のおいしさに開眼

宿に荷物をお願いした後 横浜観光しました


ハタチくらいの頃、何度か横浜に来たことがあったため 思いっきし知ったかぶり情報&言いたくてたまらない情報を家族にぶつけ ふふーんと自己満足に浸っておりました

自分の頭の中の 「ヨコハマ」 と重ねて しばらく観光していたのです。。。

…がっっ

しばらく街を周遊しているうちに  「あれ?」
こんなにすてきな街だったなんて

ハタチそこそこでは知り得なかった横浜の街の魅力が 私に迫り、完全にいざなわれてしまいました  
若いころ知り得なかったことに出会いまくりのヨコハマでした


滞在していて、ほんとうに気持ちの良い街だなぁ と心底思わせていただきました
「風が通る街」 を体感しました
なんでしょう、あの空気感
若いころに感じていた 港町・ヨコハマ とはまた違った あざやかなヨコハマを知って
深みのある横浜が上塗りされた感じです

すてきな街だなぁ    横浜

すっかりヨコハマにつつまれながら、ちゃっかり桑っさん&原坊の足跡を頭で探求したりもしていました
原坊の通われていた高校の雰囲気も感じたり 赤レンガ倉庫で桑っさんが立っていたであろう所からあたりを見回したり
横浜の街を周遊しながら 母は黙々と この街をかたち作る 断片と空気感を探求していました


コスモワールドの観覧車に子たち、大喜び
長男が、遠くに見えるスカイツリー発見
我が家 初見スカイツリーは横浜で

そんな中、武士のような形相でワタシが見据えるは
鎌倉・茅ヶ崎方面
一人旅だったら 足を延ばしていたなぁ
なんて思っていると 旦那はんからの視線
ええ、言いたいことは伝わっておりますわよ




わたしの中で いろんなことが つながり、広がり 深みを増した横浜


桑っさんが思い入れのある街だということが ひしひしと伝わってくる街でした

原坊との思い出、原坊への想いがみっちりと染みている街だということを 本当に体感しました
桑田&原坊イズムに 触れられたような気がしています 

家族での横浜旅行なのに すみません
変わってるとか おかしな母さんとか言われようと、良いんです


わたしは この街から 確かなエネルギーをいただきました


。。。旅行記事、しばらくつづいてしまいます

















退院してしばらくしてから 一週間ほど島根に帰省してきました


おつかいを頼まれたので 子どもたちを車に乗せて海沿いを走っていると
     『海 はいりたーーーーーいっっ』
いえ、 水着もってきてませんが。


しゃーない、   パンイチで入らせてもらいなさいっっ

海パンではなくて、パンツです
生パン です   

パンツだと 砂が入って大変なのね
母さん はじめて知ったわ

辛うじて小タオルだけはあったので チョボチョボと体を拭き…  

帰りの車は全裸で 後部座席に「サウナすわり」している二人
思いっきし やり遂げた感が漂っていました

往きに孫を送り出した ばあちゃんが 帰りの「二人の全裸」に面喰ってました
おつかいに送り出しただけなのに。


この日以降、ほぼ毎日 海へ通わせていただきました
兄弟は まるで恋人のようにじゃれ合います
帰りのふたりの全裸はほぼ変人へと様変わり。。。ですが


また、ひとつ 大きくなりました

ことしも 海さん、 ありがとう






かぼちゃのスープ
長男が退院してから、うちで作った最初のごはん
カボチャのスープ

入院中ずっと 「おうちに帰ったら かぼちゃのスープつくってほしいなぁ」と言っていた長男
週に一度は作る 我が家の定番メニュー
退院した安堵感のもと、作らせてもらいました


子どもたちのためとか言いながら、実は私の
大好物でもあります

中くらいの南瓜1個と 玉ねぎ1.5個。 そして牛乳を1.5パック分も使うのに ほぼ一日で
すすり尽くしてしまいます
翌日のパスタのスープ用にとっておいたりもしますが 圧倒的な減りの早さです  


実は引越し以来、ミキサーがどっかに雲隠れたままでして。。。。

少量のお水からやわらかくなるまで煮た南瓜を地道に棒でつぶし(マッシャーさえも無い) 
しっかり炒めた玉ねぎと合わせて 牛乳で丁寧にのばすという、たいへん原始的な作り方での南瓜スープです
ミキサーがないために、玉ねぎだって 出来得る限り細かいみじん切りにして、南瓜をつぶすのだって「1本の棒だけでよくもここまでつぶせたな」というほどなめらかな形状に

いったい何と戦っているのか
ミキサーを探し当てれば いろいろなことは解決できて「おいしい」が近づくのに


いくら玉ねぎを「極みじん切り」にしたって スープと一体化せず旨みや甘さが溶け出てくれない
いくら1本の棒で「丁寧に」なめらかっぽくしたって子南瓜さんが 口の中でひょっこり顔を出し「なめらかもどき」だ

それでなくても手際が悪いわたし
「ミキサーを使ってもう作業を終了している私」を想像しながら 非効率な作業を黙々と続けるのでした
。。。ホントいったい何と戦っているのでしょう

そうこうしている自分にも 「あぁ平常運転に戻ったな」と 息子の退院を実感する次第です


右往左往して 自己嫌悪になるような場面の連続ですが 
こうして 息子たちに食べてもらえるものを作れる生活に戻ったこと、 感謝したいと思います


退院後 はじめて作ったスープ

わたしの要領のわるさ全開スープに、それでも跳びはねるような声で「おーいしー」と言ってくれた子どもの声色、
作った時の気持ちを心に留めておきたいと思います



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